勝尾寺(かつおうじ)は、大阪府箕面市にある高野山真言宗の寺院。山号は応頂山。本尊は十一面千手観世音菩薩。西国三十三所第23番札所。開山は開成(かいじょう)、寺号は「かつおじ」「かちおじ」などとも読まれる。「勝ちダルマ」が有名である。
本尊真言:おん ばざら たらま きりく
ご詠歌:重くとも罪には法(のり)の勝尾寺(かちおでら) ほとけを頼む身こそやすけれ
開創
勝尾寺は平安時代以降、山岳信仰の拠点として栄え、天皇など貴人の参詣も多かった。元慶4年(880年)、当時の住職行巡が清和天皇の病気平癒の祈祷を行い、「勝王寺」の寺号を賜るが、「王に勝つ」という意味の寺号は畏れ多いとして勝尾寺に差し控えたという。『日本三代実録』は、元慶4年の清和天皇死去についての記事で、清和天皇が「勝尾山」に参詣したことを述べており、これが勝尾寺の文献上の初見である。
中世~近世元暦元年(1184年)、治承・寿永の乱(源平合戦)の一ノ谷の戦いの煽りで全山焼失する。文治4年(1188年)、源頼朝の命により、熊谷直実・梶原景時によって再建された。
承元2年(1208年)から承元4年(1210年)にかけて讃岐国への流罪から戻った法然が当寺に滞在している。
応永30年(1423年)、室町幕府第4代将軍足利義持によって将軍家の祈願寺に指定された。
慶長8年(1603年)には豊臣秀頼によって山門が再建され、また本堂再建のための浄財も寄進される。
江戸時代の延宝2年(1674年)、高野山の釈迦文院の末寺となり、宗派を天台宗から真言宗に改めている。
現代近年では「勝ちダルマ」の寺として有名である。勝ちだるまが置かれている場所がある。小さいだるまはどこにでも置ける。
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