Afrodisias

( アフロディシアス )

アフロディシアス(ギリシア語: Ἀφροδισιάς、トルコ語: Afrodisias)は、トルコ南西部にある紀元前3-紀元前2世紀に築かれた都市の遺跡であり、2017年の第41回世界遺産委員会で世界遺産に登録された。

アフロディシアスの歴史は銅器時代に遡る。本格的に都市ができ始めたのは紀元前2世紀で、メンデレス川沿いの急激な都市化の一部と見られている。それに前後してそれ以前に存在したアフロディーテ神殿の周りに碁盤目状の街割りが形成されていった。後に女神アフロディーテへの関心を背景に、スッラ、ユリウス・カエサル、初代ローマ皇帝アウグストゥスなどによってローマ帝国との関係性が高まっていき、その結果ローマ元老院から税の免除を許可され、近隣で産出される大理石を用いた美術・彫刻の名声で知られるようになる[1]。

アフロディシアスのアフロディーテの重要性は帝政ローマから東ローマ帝国時代まで引き継がれ、キリスト教が国教として受容された後も500年ごろまで異端の神殿として維持され続けた。7世紀はじめ、アフロディシアスは地震に見舞われ、その被害の補修は部分的なものしか行われなかった。その後街はスタヴロポリスと名を変え、1078年までは東ローマ帝国領であり続ける[1]。

11世紀から13世紀にかけて、メンドロス川沿いの都市はセルジューク朝に征服され、その一環としてアフロディシアスの住民も急激に都市を離れていった。14世紀にはメンテセのベイリクの支配下となり都市は完全に放棄される。1413年にオスマン帝国のメフメト2世がメンテセに取って代わり、15-16世紀の間に本来の肥沃な大地を求めてゲイレの村がアフロディシアスの遺跡の上に築かれた。1957年の地震で地滑りが発生したことをうけて集落が現在の位置に移動したことで、遺跡が発見され現在に至っている[1]。

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Dpalma01 - CC BY-SA 3.0
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